中国におけるHIV/AIDS対策の進展

 (解説)世界基金支援日本委員会と中国感染症対策センターは2006年7月10、11日の2日間、北京で国際シンポジウム「3大感染症対策東アジア地域協力北京会議」を開催しまた。エイズ、結核、マラリアの3大感染症に関しては、東京で2005年6月、九州・沖縄サミット世界基金構想5周年特別シンポジウム「3大感染症に対する東アジアの地域的対応」が開かれており、今回の北京会議はそのフォローアップ会議として「東アジア地域における3大感染症対策の共通課題を討議し、国境を越えた協力関係のもとに成果を上げている成功事例を取り上げ、域内協力の促進に向けた方策を検討するもの」(世界基金支援日本委員会)となりました。参加者の1人であるAIDS&Society研究会議の樽井正義副代表(世界基金支援日本委員会委員)が、会議で得られた情報をもとに中国のHIV/エイズ対策の現状をまとめたのがこの報告書です。
世界基金支援日本委員会については、同委員会のウエブサイト
http://www.jcie.or.jp/fgfj/top.html
をご参照ください。



FGFJ/CCDC会議報告 - 中国におけるHIV/AIDS対策の進展

 世界基金支援日本委員会(FGFJ、事務局:JCIE)と中国感染症対策センター(CCDC)の共催による「三大感染症対策東アジア地域協力北京会議(Beijing Conference on East Asian Regional Cooperation in the Fight against HIV/AIDS, Tuberculosis and Malaria)」が2006年7月10、11の両日、中国、日本はじめ地域から約100名の参加を得て北京で開催された。この会議の目的は、「東アジア地域における三大感染症対策の共通課題を討議し、国境を越えた協力関係のもとに成果を上げている成功事例を取り上げ、域内域内協力の促進に向けた方策を検討する」ことにある(http://www.jcie.or.jp/fgfj/02.html参照)。地域協力に関する討議の前提として、この地域の最大のメンバーにして、HIV/AIDSの動向がもっとも懸念される中国における対策の現状を、この会議に出席して得た情報をもとに報告する。

【国家予算】 中国における2004年以降の対策の進展には目を見張るものがある。衛生部(厚生省)の報告によれば、中央政府の対策予算は、2000年まではもっぱら国際的援助に頼るだけでゼロに等しかったのが、01、02年には1億元、03年に4億元、04、05年には8億元(約120億円)に急上昇している。

【検査】 この2年間にもっとも力を入れたのは社会的に弱い立場に置かれた人々の動向調査と検査キャンペーン、つまり現状把握である。
  定点観測の施設は03年の194を現在329に増やし、
  無料VCTセンターの設置は3,850に達している。
これによって、雲南省では1987年から2004年までの18年間に確認された陽性者は14,905名だったのが、2005年の上半期6ヶ月だけでほぼ同数の13,486名、Henan省では3ヶ月で23,157名、これは過去10年間の6倍に当たる。
 こうして陽性者の把捉率は8%から22%に上昇し、反対に陽性者数はさらに下方修正され、2005年末で65万名、発症者は7万5千名、昨年一年間の新規感染は7万名と推計されている。

【治療】 検査キャンペーンは、陽性者にはARV治療が提供され、パートナーへの感染を予防できるというメッセージとともに遂行されている。治療は、03年から無料化され、05年3月の時点で累積2万3千名が受けているが、これは必要としている人の4分の1と推測される。治療の他に、VCT、陽性者の子どもの学費、MTCT予防が無料、これに陽性者と社会的に弱い立場に置かれた人々へのケアと支援の提供を併せて「4つの無料、1つのケア」という標語が作られている。

【世界基金】 こうした対策を大きく支えているのが世界基金であり、
  R3(04-09)では中央部における陽性者の治療、ケア、予防、
  R4(05-10)では南部および西部におけるDUとSWの予防、
  R5(06-11)では北部におけるMSM、SW、外国人の予防が課題とされている。
これらの総額は1億9千万米ドル、06年度は3,800万ドル(約40億円)と推計される。なお、会議後にはR6の調印が行われた。

【IDU】 予防計画のなかでとくに注目されるのは、IDUへのハーム・リダクションの導入である。累積感染の約4割、新規感染の約半数を占めるとされるIDUに対して、都市ではメサドン療法(ARVも提供するクリニックを現在の128から今後3年で1,500に)、地方では針交換(センターを91から1,400に)という現実的な対応策の飛躍的な拡大が計画されている。ともに新規感染抑制の効果はすでに確認されており、加えてメサドン療法は3ヶ月で薬物から離れさせ、犯罪件数も減少させるという調査結果も得られているが、針交換では同様の行動変容は見られないという。

【MSM】 これに比べてMSM対策は遅れていると見ざるをえない。衛生部はゲイ人口を500-1,000万人、陽性率をその1.35%、10万人前後と推計している。つまり局限流行期にはいっていると認識されているのだが、検査で確認されている全陽性者に占めるMSMの割合はたったの0.3%、およそ500名にすぎない。これは推計値のわずか0.5%にとどまり、陽性者の把捉率22%という前述の報告からすれば、あまりにも低い。これらの数値は、ゲイへのアクセスがほとんど進んでいないこととともに、中国においてゲイがきわめて弱い立場、困難な立場に置かれていることを、如実に示している。これと類似したことが、日本における薬物使用者の現状について推測できるようにも思われる。

【法制度】 中国のHIV/AIDS対策の中核をなすのは、04年2月に国務院が設置した「エイズ作業委員会」であり、29名の大臣と流行が深刻な7つの省・自治区の代表者から構成されている。同様の委員会はすべての省と自治区に置かれている。国務院の委員会は「エイズ対策行動計画」(06-10、新5カ年計画)を策定し、10年末の陽性者総数を150万人に抑えることを目標に掲げている。また、06年3月に発効した「エイズ条例」には、陽性者の権利の擁護(婚姻、就業、医療、教育等)と差別の禁止(3条)、人民政府の指導(4条)、諸団体の支援(6条)等が定められている。

【背景】 中国政府がこうした積極策をとるに至った背景として、SARSへの対応の遅れに対する強い国際的批判と、これに応えた国務院の指導力強化が挙げられる。02年11月の広東省におけるSARS集団発生の詳細がWHOに報告されたのは03年2月、これに続いて北京市長や衛生院大臣が更迭された。エイズ作業委員会が設置されたのはこの翌年である。
 しかしSARS以前に、現在の積極策を準備する動きがあったと言うべきだろう。NGOは90年代からHIV/AIDSへの取り組みを始め、何人かの医師やジャーナリストは90年代末から売血スキャンダルの告発を試みており、2000年には国際的関心を喚起するに至った。2002年6月の国連機関によるレポート「中国のタイタニック危機」はこのスキャンダルも詳述し、さらにその時点での陽性者数は100万人に上ると指摘した。衛生院は即刻これを否定したが、9月には姿勢を転換して、自ら同じ数字を公表した。この市民社会の地道な努力とそれを支持した国際社会の世論、現状を認めて国際支援を導入するという現実策に転じて隠蔽策を捨てた政府、これらの動きこそがSARSに関して同様の政策転換を準備し、またそれがHIV/AIDS対策を前進させたと見ることができる。(エイズ会議研究会編『エイズ 終わりなき夏』連合出版 2005、第5章参照)

【NGO】 対策の推進において成否の鍵を握るのはNGOの関与である。世界基金がCCM(国内調整委員会)にNGOの参加を必須としていることもあり、中国国内でもNGOの台頭が認められる。しかしNGOは財政基盤を海外あるいは政府に頼らざるをえないため、内実はGONGOが少なくないとの見方もある。ともあれ、社会的に弱い立場に置かれた人々への対策においては、陽性者を含む当事者の主体的な参画がなければ成果は望むべくもない。したがってNGOが真に力をつけることが、NGO自身と政府にとって緊急の課題となる。

 最後に日本における対策との連携について付言する。治療の面では、日本における豊かな経験の蓄積は、今後の中国における治療の展開に大きな貢献ができるだろう。同時に予防においても、とくにMSMと外国人の領域での経験の交流は、日中双方の対策に寄与するところが大いにあると思われる。                             (樽井 正義)

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